第一部:不妊治療は私だけじゃない。芸能人の妊活体験「心が軽くなる」ヒント集

こんにちは、まろぽちです。

不妊治療をしていると、
「どうして私だけ、うまくいかないんだろう」
「もう疲れた、でもやめられない」

と心が真っ暗になってしまうことがあります。

私自身、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)という排卵障害を抱え、副作用やスケジュールの調整、自分を責めてしまう気持ち、他人の妊娠を喜べない自己嫌悪など、言葉では言い表せない葛藤を経験してきました 。

私のPCOSでの治療、退職の葛藤等は別記事で書いてます。

でも、テレビや雑誌で見るあの芸能人たちも、同じように検査結果に落ち込んだり、治療の痛みや仕事との両立に悩んだりしながら、一歩ずつ乗り越えてきました。

厚生労働省の調査では、
不妊検査や治療を受けたことがある夫婦は約5.5組に1組

といわれており、決してあなた一人だけではありません 。

芸能人たちが不妊治療や流産の経験を公表するのは、大きな勇気がいります。

この記事では、彼女たちが語った「診断名」「キャリアとの両立」「心の回復」など、5つの視点で具体的なエピソードをまとめました。

今まさに治療の真っ只中にいるあなたが、「私だけじゃないんだ」と、ほんの少しでも心が軽くなったり、「これなら真似できるかも」というヒントを見つけられたらうれしいです。

目次

産みづらい体質・診断名と向き合ったエピソード

中川翔子さん(しょこたん):PCOSと「多忙なロケ先での自己注射」

不妊治療歴(約3年)

中川さんは、私と同じPCOS(多嚢胞性卵巣症候群)でした。

将来を見据えて30代半ばから「卵子凍結」を行い、
37歳で結婚し顕微授精に挑戦 。

約3年の不妊治療2度の流産を経験し、双子を授かったことを公表しています。

大変だったこと①:2度の流産

中川さんは、2度の流産も経験し、そのたびに深い悲しみの中で涙を流したことも公表しています。

深い悲しみの中で
「初期流産は母体のせいではない、自分を責めないで」

というメッセージを発信しています 。

苦しい胸のうちを発信している姿は、流産を経験した人にしかわからない深い悲しみに寄り添ってくれていように感じました。

大変だったこと:仕事と治療の両立・自己注射

不妊治療は、予測不能なスケジュールが多く、仕事との両立は大変だったそうです。
ツアーのため治療を中断した経験もあるそうです。

また、体外受精では、卵子を育てるために決まった時間の注射が不可欠です。

中川さんは、多忙なロケの合間を縫って、
保冷バッグに入れた注射薬を持ち歩き、
トイレやメイクルームで自ら腹部に注射をしていました。

華やかな仕事の裏で、不妊治療の大変さがわかるエピソードです。

釈由美子さん:PCOSを乗り越えた「徹底的な温活」と「山登り」

不妊治療歴(約1年、診断は25歳〜)

釈由美子さんは25歳でPCOSと診断されましたが、当時は深刻には考えていなかったそうです。

34歳で「妊娠は難しいかも」と告げられるほど悪化。
それから基礎体温を・温活などに「自分にできること」を取り組んでいました。

結婚し、37歳から治療を開始し、38歳で出産しています。

結婚前に妊娠がしづらいことを共有
釈さんは、結婚前に今の旦那さんとそのご両親に話したそうです。
すごく覚悟がいった決断だっただろうなと感じました。

釈さんは、病院の指導のもと、タイミング法を実践。

実践していたこと:徹底した温活と自然の力

釈さんも、徹底した温活を実践していました。

  • 腹巻を常に着用
  • 靴下4枚重ね: 「シルク→綿→シルク→綿」と重ねて履くことで、保温と排湿を両立。
  • 根菜スープを毎日飲む:根菜類で体を温める。
  • ホットヨガ: 血流改善とストレス解消。
  • 酵素風呂: 酵素の発酵熱で体を温める健康法。

そして、釈さんが効果を感じたのが「山登り」

3,000m級の山に登ったあとに妊娠が判明。

「自然からパワーをもらった気がした」と語っています。

釈さんのメッセージ:「生理不順は体からのサイン」

釈さんは 25歳でPCOSと診断されながらも、深刻に考えなかったことを後悔。

「生理不順は体からのサイン。妊活は時間との勝負なので、早めに婦人科へ」

というメッセージを発信しています。

少しでも気になることがあれば、早めに婦人科を受診することが大切です。

藤田ニコルさん:26歳でAMH値40代相当

不妊治療歴

ニコルさんは、結婚前にブライダルチェックを受け、
AMH値(卵巣予備能を示す数値)が40代相当ということが判明。

AMH(抗ミュラー管ホルモン)とは、卵巣内に残っている卵子の数(在庫)の目安となる数値。

この結果にショックを受けましたが、同時に「早く知れて良かった」とも感じたそうです。

いきなり体外受精

通常、不妊治療は「タイミング法→人工授精→体外受精」とステップアップしていくことが多いです。

でも、ニコルさんは、AMH値が低いことや時間を無駄にしないために、いきなり体外受精を選択。

実践していたこと:専門的な免疫検査

ニコルさんは、専門的な免疫検査(TH1/TH2バランスの検査)を受け、自分の免疫が受精卵を攻撃しやすい体質だと判明。

そこで、免疫を抑える薬などを服用しながら移植を行い、1回で成功しました。

自分の数値に合わせて最短ルートを選んだ判断力は参考になります。

大変だったこと①:薬の副作用によるむくみ

採卵のために使用するホルモン剤の影響で、顔やお腹がパンパンに浮腫んでしまったそうです。

SNSで「おめでた?」と妊娠を疑われるコメントが来るのも辛かったと語っています。

大変だったこと②:キャリアとの両立

ニコルさんは、治療のために生放送のレギュラー番組「ヒルナンデス!」を卒業しました。

生放送と予測不能な通院スケジュールとの両立が難しかったのでしょう。

仕事のキャリアと治療
優先順位をつけ、決断することは、本当に勇気のいることです。

キャリアと妊活の間で揺れた選択

大島美幸さん(森三中):人気絶頂期に選んだ「妊活休業」

不妊治療歴(休業して1年/20代~手術等)

お笑いトリオ・森三中の大島美幸さんは、20代で2度の流産を経験、

人気絶頂期に34歳で「妊活休業」を宣言。
レギュラー出演を一時休むという大きな決断をして不妊治療に専念。

35歳(人工授精)第1子出産。42歳で第2子のために顕微授精に挑戦していました。

大変だったこと

第1子妊娠まで:
2度の流産経験で、妊娠しても安定期に入るまで「喜ぶな」と自分に言い聞かせ続ける不安な日々だったそうです。

第2子妊活:
42歳からの高齢での体外受精は身体的にも精神的にも厳しく、44歳で区切りをつけました。

実践していたこと:「笑顔」を大切にする

大島さんが意識していたのは「笑顔」

「赤ちゃんは『授業参観』のように空から見ている
あのお母さんが笑顔で楽しそうだから、あそこに生まれたい」

そう思ってもらえるように、辛い時こそ口角を上げるよう意識していたそうです。

笑顔で過ごすことは、ストレスを和らげる一つの方法と言われています。

山﨑ケイさん(相席スタート):40歳直前の「スピード感」と周囲への報告

不妊治療歴(約1年半)

38歳で結婚、タイミング法の後に人工授精を飛ばしていきなり体外受精へ40歳で第1子を出産しています。

妊活の決断:
結婚当初は夫生活や仕事が楽しく、生活を変えてまで子どもがほしいとは考えてなかったそうです。

きっかけは、旦那から「子どもを持つにしても持たないにしても、年齢のことを考えて一度ちゃんと話し合おう」と提案され、ブライダルチェックを受けることに。

診断: 検査の結果、卵巣の年齢などを表すAMH値は「年相応=妊娠は難しい」という厳しい現実を医師から突きつけられたとそうです。

人工授精をスキップ:
半年間のタイミング法では授かず、同年代からの「スピード感を持ってやったほうがいい」と助言を受け、医師に相談していきなり体外受精(顕微授精)へステップアップしました。

大変だったこと

不妊治療中、同い年で自然妊娠した友人から誘われても、
「正直、遊びたくない」「祝えない」と感じてしまう自分に強い自己嫌悪を抱いたそうです。

ケイさんの妊活の乗り越え方

1 旦那からの救いの言葉

旦那は不妊治療を始める際、
「もちろんできたら嬉しいけれど、二人だったとしても楽しく生きていけると思っている
と伝えてくれたそうです。

この「子供がいない人生も肯定してくれる言葉」が、プレッシャーから彼女を解放しました。

2マネージャーや 相方(山添さん)への報告

女性マネージャーや相方の山添さんにも妊活することを伝えたそうでうす。
マネージャーや山添さんが「ケイさんの思う通り、悔いのないようにやってください」等と応援してもらえたことで、急な通院が必要な際も言い出しやすい環境だったと語っています。

3不妊治療を話せる相手で息抜き

女性同士では言いづらいこともありましたが、奥さんが不妊治療をしていた男性芸人の先輩などとオープンに話すことが、良い息抜きになっていたそうです。

ケイさんからメッセージ

「もし授かれなかったとしても、その後の人生は続いていく。
不妊治療中の今この時から、少しでも楽しく生きられる方法を考えながらやってほしい」

と発信しています。

経験者だから、わかってくれているメッセージだと思いました。

流産・長期治療のつらさと、そこからの回復

菊地亜美さん:2度の流産経験を告白

不妊治療歴(数年間

タレントの菊地亜美さんは、2度の流産を経験したことを公表しました。

「元気に育っている」と心拍確認後、流産を知った時、号泣し、しばらく立ち直れなかったそうです。

菊池亜美さんからのメッセージ「あなたは一人じゃない」

菊地さんは、当初は辛すぎて公表していませんでした。

「言わないだけで、同じように辛い経験をしている人がたくさんいるはず」と、

自分の痛みをあえて言葉にすることで、誰かの心が少しでも軽くなればと願ったそうです。

彼女の発信は、「あなたは一人じゃない」というメッセージを感じます。

武智志穂さん:4回目の体外受精前に「治療から離れる時間」を選んだ

不妊治療歴( 約2年)

モデルの武智志穂さんは、体外受精に複数回チャレンジしていました。

1回目、2回目、3回目…と失敗が続き、精神的にも疲れ切っていたそうです。

実践していたこと:治療から離れる時間

武智さんは4回目の体外受精の前に、思い切って2週間のバカンスに出かけ、治療のこと考えず夫と二人でゆっくり過ごしす時間を作りました。

ストレスがゼロの状態で臨んだことが、双子の妊娠につながったと感じていると語っています。

「がんばり続ける」ことだけが正解ではなく、一度立ち止まって心と体を休めることも、立派な妊活の一部なのだと気づかせてくれます。

日常でできる「自分を労う」セルフケア

南明奈(アッキーナ)さん:頑張りすぎないことを頑張る妊活

タレントの南明奈さんは、「頑張りすぎないことを頑張る」と決めて妊活に取り組んだと話しています。

実践していたこと:温活と鍼灸

  • 湯たんぽ
  • 腹巻
  • 温かい飲み物
  • 鍼灸(定期的に通う)

「温活」を続けるなかで、平熱が1度上がるなど、少しずつ体質の変化も感じられたそうです。

そんな中、完璧を目指さず、落ち込んだ時は好きなアイスを食べたりゲームをしたりして気分転換もしていたそうです。

「今日は温活サボっちゃった」 「外食しちゃった」

そんな日があってもいい

時には「まぁいいか」と思える心の余裕を持つことが大切です。

安田美沙子さん:子宮内膜症からの体外受精と、温活・セルフケア

不妊治療歴:推定約5年

安田美沙子さんは、20代で不妊の原因となりうる「子宮内膜症」と診断されています。

31歳で結婚し妊活をスタートしましたが、卵管造影検査で、卵管の癒着が判明。
腹腔鏡手術を受けています。

34歳のとき、医師のアドバイスを受け体外受精へステップアップ。
1回目は失敗、2回目の採卵・移植で第1子を妊娠し出産しました。

36歳で再び体外受精を行い、第2子を授かりました。

大変だったこと:失敗したときの辛さ

1回目の体外受精の失敗が辛すぎて、しばらく立ち直れなかったそうです。
2回目は「無」の心で通院したほど、精神的に追い詰められていたとリアルな心情を語っています。

実践していたこと:徹底した「温活」

安田さんが最も力を入れていたのが「温活」です。

  • 夏でもブランケットを持ち歩く: エアコンによる冷えを防ぐ。
  • 腹巻やレッグウォーマーの着用: 子宮周りと足首を温める。
  • 生姜紅茶・鍼灸: 内側からの血流改善。

自分でできるケアも大事にしながら、「治療に振り回されすぎない自分の軸」を持とうとしていたのが印象的です。

また、第2部に紹介してますが、安田さんは、「不妊治療は2人の問題」ということといことも強調しています。

「治療を続ける」「一度休む」「やめる」どの選択もあなたの人生

アンミカさん:4年間の不妊治療を経て「卒業」を選択

不妊治療歴(4年)

アンミカさんは、42歳から46歳まで4年間治療を続けました。

アンミカさん複数の課題:

  • 子宮奇形(子宮の形が通常と異なる)
  • 橋本病(甲状腺機能低下症。ホルモンバランスに影響)
  • 低AMH(卵巣予備能が低い)

実践していたこと:漢方養生指導士の資格取得

アンミカさんは、根本治療のために「漢方養生指導士」の資格まで取得しました。

実践していたこと:

  • 食養生(体を温める食材、季節に合った食事)
  • 漢方薬の服用
  • 鍼灸治療
  • 生活習慣の見直し

これらの取り組みによって、数値が改善したそうです。

大変だったこと①:複数回の流産

アンミカさんは、複数回の流産を経験しています。

流産のたびに「なぜあの時ヒールを履いたのか」「もっと安静にしていれば」と自分を責めていたそうです。

流産は、多くの場合、母体側ではどうしようもない原因(染色体異常など)で起こります。

それでも自分を責めてしまうのが、女性の心理です。

大変だったこと②:一人で抱え込んだ後悔

アンミカさんは、誰にも言わずに採卵後の麻酔が切れきっていない状態で仕事の現場に行った経験があります。

でも、後から振り返って、「一人で抱え込んで無理をしたことは反省点」と述べています。

妊活の「卒業」:夫の言葉に救われた

46歳で、検査の数値が悪化しました。

医師から「これ以上の治療は難しい」と言われ、アンミカさんは妊活を「卒業」する決断をしました。

そのとき、夫が言った言葉があります。

「君と二人で過ごす人生も楽しい。右も幸せ、左も幸せ」

この言葉に、アンミカさんは救われました。

子どもがいる人生も幸せ。子どもがいない人生も幸せ。

アンミカさんは、今は「卒業して解放された」と笑顔で語っています。

妊娠という結果にはつながらなかったものの、
「ここまで自分なりにやりきった」と自分をねぎらい、別の人生の楽しみ方を選んでいく姿は、同じように悩んでいる人に、一つの道を示してくれている気がしました。

太田光代さん(タイタン社長):8年間の過酷な治療と「凍結胚」という心の支え

不妊治療歴(計8年ほど)

太田光代さん(太田光さんの妻)は、30代で約6年、40代で2年、身体的・精神的な負担に耐えながら計8年間に及ぶ治療を行いました。

それでもある時、「治療を中断」
夫婦2人のこれからの生き方を考える方向に進んでいます。

大変だったこと:90年代の過酷な治療

90年代後半は、今よりも医療技術が未発達でした。
麻酔なしの採卵など、身体的負担が非常に激しかったそうです。

採卵は、卵巣に針を刺して卵子を取り出す処置。
麻酔なしで行うのは、激痛を伴います。

また、排卵誘発剤の副作用で激しい吐き気に襲われ、体重が33kgまで激減してしまったそうです。

妊活の「やめ方」の一つの形

太田さんは、40代で顕微授精を行い、受精卵ができました。

でも、2011年の東日本大震災を経験し、「今ある命を消したくない」という思いから、移植を延期しました。

そして現在も、受精卵を凍結保存し続けています。

「らんちゃん」と「らんらんちゃん」と名づけた受精卵を、今年で約15年凍結保存しています。

太田さんは、その存在が心の支え(生きがい)となっていると語っています。

これは、妊活の「やめ方」の一つの形だと思いました。

必ずしも「出産する/完全に諦める」の二択ではなく、「可能性を残しながら、今の生活を大切にする」という選択もあるのです。

芸能人が不妊治療で実践していたポイント

芸能人が実践していた妊娠しやすい体と心を作るための共通点(ポイント)をまとめました。

1. 徹底した「温活」:ほぼ全員が実践

ほぼ全員が意識していたのが「体を冷やさないこと」です。
「冷え」は血流を悪くし、卵巣や子宮の機能を低下させます。

衣類: 腹巻、レッグウォーマー、靴下の重ね履き(シルク×綿)。

食事: 生姜、根菜類、温かい飲み物(白湯、ルイボスティー)。

習慣: 毎日湯船に浸かる、酵素風呂、鍼灸(東洋医学)、ヨガ。

2. 「専門的な検査」を早めに受ける

一般的な検査で異常がなくても、隠れた原因がある場合があります。

  • AMH検査: 卵子の在庫数を知る(藤田ニコルさんの例)。
  • 卵管造影検査: 卵管の通りを良くする(安田美沙子さんの例)。
  • ビタミンD検査:ビタミンD不足は着床率を下げると言われています。(YouTuberの佐々木あさひさん)
  • 精液検査: 男性も必ず受ける。不妊の原因の約半数は男性側にあります。

3. ストレスケアと「頑張らない」勇気

「治療を頑張ること」と「リラックスすること」のバランスを取ることが大切です。

  • リフレッシュ休暇: 武智志穂さんのように、治療を忘れて旅行に行く。
  • 人に頼る・話す: 職場や信頼できる友人に話すことで、孤独感を減らす(山﨑ケイさん)。
  • 「ま、いっか」の精神: 完璧を目指さず、できない自分を許す(南明奈さん)。

仕事と治療の両立、その過酷な現実

不妊治療の大変さは、実際に経験した人にしかわからない部分が多くあります。

特に、仕事との両立は、多くの人が直面する大きな課題です。

治療を優先するか、仕事を続けるか」。これは多くの女性が直面する最大の壁です。

予測不能なスケジュールと決断

体外受精では、「卵胞の育ち具合」に合わせて通院が決まります。
「明後日、採卵です」と急に言われても、仕事の調整がつかない……。

仕事への影響:

  • 早退・遅刻を繰り返すことになる
  • 「明日午前中に来てください」と言われても、仕事の調整が難しい
  • 地方出張や長時間の会議が入れられない
  • 計画的に有給休暇を取ることができない
  • 同僚や上司に理由を説明するかどうかで悩む

芸能人対応例

  • 山崎ケイさんは、マネージャーに話し調整してもらいました。
  • 藤田ニコルさんは、生放送のレギュラー番組を降板しました。
  • お笑い芸人のだいたひかるさんは、治療に専念するために仕事を辞めました。

↓私は妊活5ヶ月目で退職していて、体験談として書いてます。

職場への報告、どうする?

報告することで「急な休み」への理解が得やすくなる一方、キャリアへの影響や、心ない言葉を受けるリスクもあります。

職場に伝えるメリット:

  • 急な通院にも理解を得やすくなる
  • 精神的な負担が軽くなる
  • 「実は私も…」と同じ経験をしている人と繋がれることも

職場に伝えるデメリット:

  • プライバシーが守られない可能性
  • 理解のない上司や同僚からのハラスメント
  • キャリアに影響する可能性(昇進、重要なプロジェクトから外されるなど)


「信頼できる上司だけには伝えておく」「人事制度(不妊治療休暇など)を確認」をしてみてもいいと思いますが、正解はありません。

自分とパートナーの状況、経済的な余裕、治療の段階などを考慮して、自分たちにとってベストな選択をすることが大切です。

不妊治療で悩んでいるあなたへ

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。

不妊治療のつらさ、涙、迷い

芸能人だから特別なメンタルを持っているわけでもなく、
彼女たちもまた、私たちと同じように悩みながら、自分なりの答えを選んできました。

不妊治療は、努力が必ずしも結果に結びつくとは限らない、残酷なものです。
でも、その過程で夫婦が向き合った時間、自分の体を労った経験は、決して無駄にはなりません。

「今日一日、治療に向き合った自分」を褒めてあげてください。

辛い時は立ち止まっても、休んでもいいんです。

「治療から離れる時間」「リフレッシュする時間」も、妊活の一部です。

また、アンミカさんのように「卒業」して違う幸せを見つける道もあれば、
太田光代さんのように可能性を胸に生きる道もあります。

大切なのは、自分たちが幸せであることだと思います。

不妊治療は、パートナーと一緒に向き合うもの

不妊治療は夫婦で話し合い、自分たちが納得できる形を見つけることが大切です。

そして、不妊治療は本来、一人で抱え込むものではなく、パートナーと一緒に向き合うものでもあります。


夫婦やパートナーと一緒に読んでほしい「男性・夫婦向けの記事(第2部)」も書きました。
→ 不妊治療は2人のこと。芸能人夫婦から学ぶ、男性の関わり方と支え合う妊活はこちら

私のPCOSでのタイミング療法や退職についての体験談を書いてます。

よかったら読んでみてください。

コメント欄やお問い合わせから、メッセージをいただけると嬉しいです。
一緒に頑張りましょう。

まろぽ

「子育て✕フリーランス」奮闘記ブログ https://www.maromaro.space/

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